JP / 歴史
ImageDie Geschichte der größten Popband
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Der Krieger Dschinghis Khan bei Wikipedia
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世界が待ちに待った再結成。
お待たせしました:


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Dschinghis Khan 復活!

13世紀、モンゴルの王ジンギスカン(ドイツ語でDschinghis Khan)とその騎馬兵の軍勢は、その当時知られていた世界のうちの莫大な領域を支配しました。それから何世紀も経て、今度はカラフルな時代衣装を着たミュンヘン出身のグループがワールドミュージックのシーンに驚くべき攻撃をしかけ、世界を征服しました。Dschinghis Khanは主要なミュージックアワードを総なめにし、20カ国でゴールドとプラチナディスクとなり、少なくとも2千万枚以上のレコードを売り上げたのです。彼らは240のテレビ番組にゲスト出演し、有名雑誌のカバーをその笑顔で飾りました。Dschinghis Khanはドイツ出身の最も成功したグループとして世界中で知られています。そして今、衝撃的なニュース。
Dschinghis Khan が再び世界中のステージを駆け巡ります!

ある若手ジャーナリストは1980年に若者向け雑誌のなかで「Dschinghis Khan」現象のことを次のように書いています:「何年間も昼も夜も音楽を練習しているやつらがいる。テレビに出たいとか、少なくてもレコーディングスタジオに行きたいとか思っているんだ。でもそんなやつらは町内のスポーツクラブや消防署のお祭りでプレイするぐらいが関の山だ。ポップミュージックはタフな商売なのだ。でもそんな音楽シーンでもうまくやってるやつらがいる。例えば「スーパーグループ」のDschinghis Khanだ。このグループは結成以前からしてヒットレコードをすでに出していた。曲名もまた「Dschinghis Khan」といって、主にリズムとダンスの曲だった。それでもなおかつこれはゴールドディスクに輝いた。それに本当のところ音楽はさほど重要じゃなかったんだ。これを仕掛けた人間は、頭のいいプロデューサーに頭のいい作曲家、頭のいい振付師に頭のいいコスチュームデザイナー、頭が良くてユーモアのセンスのあるアーティストのグループと、頭がよくてお小遣いが沢山あるたくさんのティーンエイジャーたちなんだ。それが一緒に合わさってヒットになった。」

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これはまさに作曲兼プロデュースのラルフ・シーゲルが期待していたことでした。Dschinghis Khanの創世記において彼は素晴らしいアイディアをどんどん出していました。彼は「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト」(ヨーロッパのテレビイベントで最も重要なポップ音楽賞)で優勝したいと思っていたのです。モンゴルの王ジンギスカンをとりあげた彼のレコードはこれにぴったりでした。歌詞はシンプルだけど天才的。すごいインパクトの音楽でした。

(f.l. Ralph Siegel, Bernd Meinunger 
with Dschinghis Khan)
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ジン、ジン、ジンギスカーン
おい馬乗り、ほらみんな、ヘイ馬乗りずっと前進
ジン、ジン、ジンギスカーン
おー兄弟、飲め兄弟、ケンカ兄弟ずっと前進・・・
(ところでこれはゲーテによる詩ではなく、プロデューサーの友人で環境保全型農業の専門家ベルント・マイヌンガー博士によるものなのです。)

このような曲の演奏では音楽と歌詞以上のものを聴衆に届けなければならないのは明らかでした。これにカラフルなコスチューム、まばゆい照明効果、ワイルドなダンスを組み合わせたグループが理想でした。シーゲルは素早くこのようなグループを発掘しました。素早くというのもその時はすでに2月で、1979年3月31日にはイスラエルのエルサレムで「ユーロヴィジョン・ソング・コンテスト」が間近に迫っていたからなのです。彼は、ジンギスカンに見えるか少なくともそれに似たずば抜けた特徴のあるタレントを捜していたのでした。

そして彼が見つけたのは、ウォルフガングとへンリエッテ・ハイヒェル夫婦(彼:元歯科医学生でアートの先生、スタジオ歌手、作曲家兼プロデューサー。彼女:歯科医助手、モデル兼アイススケートのダンサー)、レスリー・マンドキ(口ひげとたてがみ風の長髪で、ハンガリー人のジャズミュージシャン)、ルイス・ポンジェッター(王冠をかぶった、南アフリカ出身のプロダンサー)、エディナ・ポップ(ポップ歌手、ハンガリー出身)とスティーブ・ベンダー(坊主頭)でした。

グループが結集したところで、迅速に行動しなければなりません。すべてがスケジュール通りに仕込まれました。振付師ハンネス・ウィンクラーは壮大なパフォーマンスを考案。すべてのダンスを練習し研究したのです。それと同時に、ミュンヘンのファッションデザイナーのマルク・マノが、今も尚カルト的な人気を持つすごい衣装をデザインしました。結成後4週間で「Dschinghis Khan」は大差でユーロヴィジョン・ソング・コンテストのドイツ代表になりました。その2週間後に彼らはエルサレムに出発したのです。

ユーロヴィジョン・ソング・コンテストで4位となり、それが彼らの最初の国際的なブレイクとなりました。その数週間後、シングル『Dschinghis Khan』はその当時大きな達成である5百万枚を売上げ、ゴールドディスクを獲得しました。それに続けて同じスタイルで『めざせモスクワ(Moskau)』、『ロッキング・サン(Rocking Son Of Dschinghis Khan)』、『ハッチ大作戦(Hadschi Halef Omar)』、『栄光のローマ(Rom)』と次々に成功を収めました。ドイツに加え日本、オーストラリア、韓国、オランダ、ベルギー、イスラエル、デンマーク、スウェーデン、スイス、ノルウェー、およびフィンランドを含む20カ国からゴールドとプラチナディスクを世界中で立て続けに獲得しました。旧ソ連の国々でさえもDschinghis Khanの音楽に熱狂するようになったのです。これらの地域のレコード売り上げは、その他の国々を合わせた以上に達したのです!

イスラエルと日本では、グループはチャートのトップを占めました。日本では現在までにドイツ語版をヒットさせた唯一のアーティストとなっています。彼らは、ドイツの「Bambi」レコード賞、ラジオ・ルクセンブルグから「Golden Lion」賞、そしてドイツのラジオ局Europawelle Saarから「Golden Europe」賞を受賞しました。おとぎ話のような国際的なキャリアを手にするのはこんなにも簡単だったのです。Dschinghis Khanは、その当時アメリカと世界中でチャートを支配した「ミュンヘン製」として知られたサウンドのすばらしい代表だったのです。



2つのアルバムの発売後、アルバム『Wir sitzen alle im selben Boot(みんな同じボートに乗っている)』のリリース直前の1981年に、様々な理由からスティーブ・ベンダーがバンドを脱退しました。この重大な損失にも関わらず、Dschinghis Khan哀愁のピストレーロ (Pistolero)』と『ローレライ(Loreley)』のさらなる2つのヒットを飛ばしました。しかしDschinghis Khanは何の前触れもなく解散してしまいました。

ダンサー兼バンドのリードメンバーのルイス・ヘンリック・ポンジェッターは、1993年に彼の故郷南アフリカのケープタウンでエイズにより他界しました。この後、1993年の『フ、ハッ、ジンギスカン(Huh Hah Dschinghis Khan)』のアルバムとシングルや、1999年の『ジンギスカンの足跡(History of Dschinghis Khan)』など数多くのなじみのDschinghis Khanのヒット曲のリミックスやメドレーがリリースされました。

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In Memory

Southafrica 1993

"Louis we always keep you in our heart, we will always remember you"

Imageアウグスブルク出身の音楽マネージャー、ハインツ・グロスがDschinghis Khan 再結成の原動力となりました。彼は、オリジナルメンバーを2005年の秋に再び結集させたのです。ロシアの新旧ファンと共にハインツ・グロスは2005年12月17日にモスクワで Dschinghis Khanによる「再結集コンサート」をプロデュースしました。モスクワのオリンピックアリーナで行われたステージでは、大型貨物トラック26台分の計300トン以上の重量の機材とステージ設備が使われました。創設メンバーであるスティーブ・ベンダー、エディナ・ポップ、ヘンリエッテ・シュトローベル(旧姓ハイヒェル)とウォルフガング・ハイヒェルが72人のパフォーマー達と一緒にDschinghis Khanショーを披露し、1979年のヒットアルバム『ジンギスカン(Dschinghis Khan)』からのすべてのヒットとシングル曲を演奏し、約3万人のファンから拍手喝采を受けました。ロシアのテレビ局ORT 1は、世界中にこのコンサートを放送しました。このショーは最優秀年間ロシア音楽ショーとして名高いテレビ賞を受賞しました。

2006年5月7日には、長くて困難な癌との戦いの後スティーブ・ベンダーがこの世を去りました。これは残った3人のバンドメンバーにとって大きなショックでした。今ここでバンドを解散した方がいいのだろうか?熟考を重ねた後、スティーブ・ベンダーとルイス・ヘンリック・ポンジェッターの名にかけてもグループを継続することが決定されました。

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In Memory
Germany, Mai 2006


"Steve you are not here anymore, where you have been but you are everywhere we are!





そして再び2006年6月15日にグループはモンゴルのウランバートール・スタジアムにてダンサー達と共に「ジンギスカンの遺産(
The Legacy of Genghis Khan)」と名付けられたショーを披露しました。オープニングではモンゴルの王ジンギスカンン生誕800周年を彼の何世代も後の末裔と一緒に祝ったのです。世界の注目を浴び、すばらしい景観のなかで、馬、ラクダとダンサー達による壮大なショーが行われました。


歌に伴う説得力のある視覚表現と大掛かりな振付けは
Dschinghis Khanのどの演奏にも重要で、トレードマークにもなっています。そして、それは今もそのままです!オリジナルメンバーのウォルフガング・ハイヒェル、ヘンリエッテ・シュトローベルエディナ・ポップをステージで歌とダンスの両方でサポートしたGenghis Khanの遺産」のメンバーは、有名な音楽タレントの養成大学出身者達でした。これらの国際的なダンサーと歌手達はその踊りとアクロバットによってステージ上に素晴らしいモンゴル時代を再現しました。グループは若く才能ある優秀なダンサー、クラウス・クーパライトを振付師に選び、彼がグループのミュージカルGenghis Khanの遺産」のダンスの演出をしました。

「ジンギスカンの遺産」の中の登場人物を見ると、このショーの演出の概要が分かります最初にあげられるのは「戦斧」の異名をもつEltuyaでしょう。彼女はワイルドな戦士でカンの娘です。彼は息子が欲しかったのですが、娘を授かったのです。彼女は金色のモンゴルの戦斧を持って黒い雄馬またがります。その次はカンの息子Fürst Ögödeiです。彼は素晴らしいダンサーで、ステージをくまなく旋舞します。またIgeiもカンの息子で、彼は魅力的なモンゴルのダンディーで、戦士というよりはポップスターのような感じです。女性達みな彼が好きです。Image
Prinzessin Ohlaは父親のお気に入りで、丁重にいすかごでステージ中を運ばれます。それから勇猛で混沌としたYassaがいます。彼は野性的な戦士で誰も彼の剣にはかないません。彼の戦闘仲間はCashで、ジンギスカンとの戦闘で唯一捕虜となり今では彼の味方となって戦う危険な黒人戦士です。この他に傑出している登場人物は、敏捷な刀の戦士Yesuganです。彼女は幼少の時ある村から連れ去られ、今はジンギスカンの側で戦う一人。彼女は見事な剣舞の達人です。

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 そして今、新しいシングルとともにDschinghis Khanの新アルバムがいよいよ完成します。コンセプトは同じままですが、アルフォンス・ヴァインドルフによる新しいサウンドが付きました。重要なのはベルント・マイヌンガーによる有名な歌詞で、我々を再びモンゴルの神話と歴史の世界に誘います内容も新しいこれからの活動は、過去28年間に渡るグループの「カルト的存在」をはっきりと確証するでしょう。巨大なステージショーに込められたホットなダンスと魅惑的な音楽:これがDschinghis Khan 2007です。馬やラクダ、巨大な花火に彩られた、独特の音楽とそれに触発されたコスチュームショーは観客を釘付けにするでしょう。グループ結成から28年経っても、Dschinghis Khanの魅力はまだ何も失われていまん。 

世界が待ちに待った再結成。お待たせしました!


More informations http://www.dschinghis-khan.com/



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